ニニフニ。

寺社を巡ったり描いたり彫ったり。

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六番 卜雲寺(ぼくうんじ)

観音堂

地図や道しるべを頼りに「ん、こっちか」なんて感じで道を行き、
遠くからお堂にかかる五色幕を発見して「お、あれだね」と思う、
この過程を楽しみつつ自転車を漕ぐ。

たびたび見かける古い道しるべは、
風化により文字が見えにくくなっていても上から塗料でなぞられていたりして、
今でも役割を果たしているのだ。

これとは別に「巡礼道」と書かれた小さな案内札がルート上にある木や壁にくくりつけられているんだけど、
この案内札がいい具合に設置されていて、親切すぎず不親切すぎず、
えーとこっちでいいのかななんて思っているとふとそこにあったりするものだから感心する。
わかってんなあ、と。

で、六番の卜雲寺は坂を上った高台にある。

境内からは見晴らしがよく、振り返れば正面に秩父のシンボルである武甲山がそびえているんだけど、
山肌は削り取られて剥き出し。
この山容は大正時代から始まり現在もなお続いている石灰岩の採掘によるものだ。
地元の人にとっては見慣れた光景なのかもしれないけれど、よそ者にとってはインパクトがある。

武甲山

なんでも削り削っているうちに標高は40メートルほども下がったそうである。
武甲山のみに生息する植物のうちのいくつかも絶滅し、
古来より神が宿る山として崇められてきたことを物語る数々の信仰遺跡も消滅してしまった。

しかしそれでも大きな反対運動が起こらなかったのは、
この日本屈指の大鉱床と言われる武甲山を切り崩すことなしに
秩父の経済が成り立たなかったからなのかもしれない。

ああだこうだと簡単に言えることではないだろうけど、
とりあえず武甲山よありがとう。

縁起

卜雲寺の本尊である聖観音像は行基の作であるといわれる。
出た、行基伝説。

昔々、武甲山に3メートル超えのヤマンバがいて、里人を喰っていたそうな。
ある時この地を訪れた行基は事情を聞いて武甲山に篭もり、祈祷をすること27日、遂にヤマンバを屈服させる。
もう悪さをしないことを誓ったヤマンバは、その証として自らの歯を折って差し出したのだった。
行基はこの勝利を記念して観音像を刻み、武甲山に安置したという。

ということだそうで、ここの観音様は武甲山から引越してきたわけだ。
武甲山と札所の信仰には昔から関わり合いがあったようだ。
ちなみに、このヤマンバの歯は寺宝として現存しているとのこと。

グッズ

本堂には巡礼グッズがちょこちょこ置かれている。
しかしこのグッズの売れ行きについては一番が圧倒的に有利なんだろうなあ、
とか思いつつ、管理のおばさんからお茶と漬物をいただき、一服したところで次へ。


グッズ





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