ニニフニ。

寺社を巡ったり描いたり彫ったり。

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二番 真福寺(しんぷくじ)

二番への道


二番のお寺はしまぶじから近いところにあるので、あっさり辿り着けそうに思える。
のだが、札所巡りには難所と呼ばれるお寺が必ずあって、まあ30数ヶ所もまわっていれば市街も通れば山の中を通ることにもなったりするわけで、
つまり2番のお寺は山の中腹にあって難所なのだった。
早速か。

山といってもそう大きいわけではないのだが、ふもとまで来たところで当然自転車はこげなくなったので押して歩くことにする。
これがなかなかしんどいのだった。
こげない自転車というものがいかに邪魔なものであるか。重いわ。

やや息切れしつつ、平地になってきたと思ったところで到着した。

観音堂


二番のお寺は真福寺という。
秩父三十四観音霊場開創当時、真福寺は札所に属していなかった。つまり元々秩父は三十三ヶ所であったのだ。
どういうわけか。
そもそもこの33という数字は観音さまが三十三通りの姿に変身して衆生を救うということに基づいているんだけど、
平安時代に初めて西国三十三観音札所が成立して、次いで鎌倉時代に坂東三十三観音札所、で室町時代に秩父三十三観音札所ときて、
合わせて99ヶ所となったとき、誰かが思ったのである。

半端だよね。と。

そんで、100にしたらすっきりするから一カ所増やそうということになって選ばれたのがこの真福寺。
思えばこれは秩父札所の上手い戦略だったんじゃなかろうか。
というのも、西国、坂東に比べて後発であり巡礼範囲も狭いマイナーな札所にすぎなかったはずの秩父が、一カ所増やして「日本百観音」と唄うことによって、
西国、坂東の巡礼者をも取り込んで秩父を一気にメジャーな巡礼にまで押し上げたからだ。

最初にやったもん勝ちである。いいプロデューサー坊主みたいな人がいたのだろうか。

と、この真福寺は無住であるので、納経はふもとにある別のお寺で行う。

くだりははやい


登るのはしんどかったが、こういう思いをしたからこそ辿り着いた達成感があり後々印象にも残る。
のであるが帰りは下り坂。
行き交う他の巡礼者と挨拶を交わしつつ、サドルにまたがっているだけでふもとに到着。
自転車恐るべし。


光明寺(納経所)





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  1. 2008/07/20(日) 21:58:59|
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