ニニフニ。

寺社を巡ったり描いたり彫ったり。

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甲斐善光寺(かいぜんこうじ)

山門


長野が誇る善光寺は全国から善男善女が参詣に訪れる名刹であるけれども、ここ山梨にも同じ名を冠するお寺がある。

というのも、川中島合戦の折、信州善光寺に戦火の及ぶことを恐れた武田信玄が本尊から寺宝、坊さんまでを甲斐に移し、新たに善光寺を創建したからだ。

酒折駅から歩くこと十数分。
参道には信州善光寺のような仲見世はなく賑わいもないんだけど、山門はどーんとしたものである。

その先にはまたどーんとした本堂があるんだけれども、これが信州善光寺のものにそっくり。

長野のオリジナルに比べるとやや小さめで色も違うが、形を見ればかなりのコピーぶりだ。
しかし創建時の伽藍は火災で既に焼失しているので、現本堂は200年ほど前に再建したものである。
もともとはもうちょっと大きかったとのことだから、さらにそっくりだったのかもしれない。
といっても信州善光寺の本堂は11回も焼失と再建を繰り返しているそうなので、そうなるともはやオリジナルとはなんだろうかとも思うのだった。

長野同様、靴を脱いで上がることができる本堂内の内陣には閉ざされた厨子があり、その内に本尊の阿弥陀如来がいらっしゃる。

善光寺といえば「阿弥陀如来」。
これがお決まりなのだ。

信州善光寺の阿弥陀さまは大変ご利益のある仏さまだということで、中世には「阿弥陀ブーム」が到来していたこともあり善光寺信仰も大いに盛り上がった。
その結果、信州善光寺の本尊を模した像が多く造られ、「善光寺」を名乗るお寺もあちこちに建てられたのである。
善光寺のチェーン寺というかフランチャイズ寺というか、そんな感じだろうか。
その数は現在、全国に100を超えるほどあるとのことだから、元祖のほかに存在する善光寺は甲斐だけではないのだ。

本堂


まあこちらの阿弥陀さまは秘仏となっていて、今は見ることができないので本堂内を先へ進むと「鳴き龍」があった。
鳴き龍というのは堂内の天井に描かれた大きな龍の絵のことをいう。
龍の真下で手をたたくと、音の反響で龍が鳴いたように聞こえることからそう呼ばれているわけだ。
京都や日光にも鳴き龍を見ることができるお寺はあるけれど、甲斐善光寺のものは日本最大規模らしい。

さっそく手をたたいてみると、

「ビビィィ~ン」

おお鳴いた鳴いた。

お寺の説明によれば、龍が描かれた部分のみ吊り天井となっていて、手をたたくことで多重反響現象による共鳴が起こるんだそうだ。
面白いのでばしんばしん手をたたいてみたい気もしたが、それもなんかあれなのでやめておく。

鳴き龍遊びはそのくらいにして内陣の裏手に回ると、そこには様々な仏像が置かれていた。
それは頭部だけの四天王像だったり、「蚕児菩薩」という聞きなれない名前(たぶん養蚕の神さま)の菩薩像だったり、
「笑い閻魔」という笑っているよりむしろ無表情に見える閻魔像だったりと、ちょっと変わったもの。
この雑多な感じ、楽屋裏的な雰囲気といえばいいのか。

そして暗がりの中、内陣の真裏に辿り着くとそこに更なる真っ暗闇が待ち受けていた。

「戒壇巡り」である。

戒壇巡りというのは、本堂の床下に設けられた回廊を暗闇の中たどっていき、
その中程にある頭上の本尊とつながれた「極楽の錠前」に触れることで本尊と結縁を果たし、
極楽行きが約束されるというもので、信州善光寺の名アトラクションとして知られている。

甲斐善光寺は戒壇巡りまでもコピーしていたのだ。

以前、信州善光寺の戒壇巡りは体験したことがあるんだけど、
それはもう予想を超える闇っぷりで、非日常的な状況にワクワクしっぱなしだった。

本場では真っ暗闇とはいえ混雑していて、
「全然見えねー」とか「どこにいるのー」とか「あはは」「うふふ」などとにぎわっていたのだが、
今回は自分の他には誰もいない。

これはより集中して戒壇巡りを味わえるかもしれない、っていうかさすがにちょっと怖くないか。

まあとりあえず真っ暗な階段を下りてみる。

この一度暗闇に入ってまた光の世界に戻ってくるという行為は
擬死再生のイニシエーションといわれているので、
つまりは今冥界へ足を踏み入れていることになるのだ。

もちろん何も見えないので手探りで壁づたいに進んでいく。
はたして錠前にたどり着くことはできるのか。
と、ほどなくして「ガチャッ」という感触。

あっさり結縁。

本場に比べるとゴールまでの距離は短く、闇っぷりも徹底されていないような感じではあったけど、
ともかく無事に生まれ変われたことだし本堂の隣にある宝物館を覗くことにする。

本堂


宝物館にはいろんな仏やら何やらがいて、つらつら見ていくと定朝様の立派な阿弥陀三尊に出会った。
なんといってもこの三方が傑出している。

ほかに印象に残ったものとしてはまず釈迦涅槃像。
横になって入滅しゆくお釈迦様を表した像だけど、その下半身はなんだか鰹節に似ていた。
削るまえのかたまりのやつ。
形といい色合いといいツヤといい、鰹節に似ていたんである。

それと現存最古らしい源頼朝、実朝像。
この二人は玉眼が外れて目が空洞になっていたりするうえに、
衣服がカクカクしていて怖いしメカっぽい。

そして半裸で目を見開き恐ろしい形相をした老婆像。
ああ奪衣婆(ダツエバ、三途の川のほとりで亡者の衣服を剥ぎ取るばあさん)かあと思っていたら
足元に堂々と「小野小町」と書かれていて「ええーっ」であった。

絶世の美女というイメージが強い小野小町だけど、その晩年は落ちぶれて野垂れ死にのような形で亡くなったという説が古くからあり、
こんな像がどうやらチラホラあるらしい。

それにしても展示の最後にこの小町像を持ってくるというのは意図的ではないか。

甲斐善光寺は小町オチを用意していたのだ。

山門

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