ニニフニ。

寺社を巡ったり描いたり彫ったり。

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金剛寺(こんごうじ)

楼門


高野山へ上る前にちょっと寄り道をしていこうと、和歌山へ入る手前、大阪の南東部にある河内長野駅で降りた。

ここからバスで20分ほど、山あいに金剛寺という大阪を代表する古刹があるのだ。
7世紀に行基が開創したのちに、弘法大師も修行したのだという。
平安末期には高野山から弘法大師の御影を金剛寺に遷し、女人禁制だった高野山に対して女性の参拝を認めたことから「女人高野」と呼ばれている。


持国天


楼門の両脇には持国天と増長天が並ぶ。よく彫り込まれた迫力ある表情。

境内の緒堂はパッと見ただけでも相当歴史のあるもののように感じられた。
事実、金剛寺はこれまで 戦火をまぬがれていて、そのおかげで文化財を多数所蔵しているとのこと。
多宝塔なんて日本最古級らしい。


境内


で、金堂。
この金堂内の仏像をぜひとも拝みたいということで金剛寺にやってきたのだ。


金堂



暗い堂内、外陣と内陣は格子状の引き戸で遮られているものの、隙間からは十分に覗くことができる。

身を屈めて内陣を見やると、お年を召したご住職らしきお坊さんが静かに祈りを捧げている。
そしてその先に、本尊の大日如来と、脇侍の不動明王、降三世明王が坐っていた。

強烈なインパクトだった。とりあえず、デカイ。三尊ともデカイ。
藤原時代の作である大日如来は3メートル超。
南北朝時代の作である両脇侍は2メートル超である。

やはり「デカイ」ことについて抱く感情というのは非常にストレートで、それはもう「スゲー」のである。
この圧倒される感じが楽しい。

しかも三尊はただデカイだけでなく造形も優れていて、寺伝では運慶の作とまで言われているほど。
実際にはもうちょっと遡るらしいけど。

で、さらに珍しいのが脇侍の降三世明王。
降三世明王ってのは不動明王をリーダーとする「五大明王」のナンバー2で、
顔が3つあって腕が8本ある姿が普通なんだけど、ここでは一面二臂。しかも冠なんか付けているではないか。

実はこの姿、金剛寺に伝わる「尊勝曼荼羅」という仏画に描かれたものとそっくりなのである。
大日、不動も含めて、色彩や姿勢までそっくり。

つまりはこの尊勝曼荼羅を極めて忠実に立体化したものが金堂の大日三尊だということ。
やはりこれは非常に珍しいもので他に例を見ないのだそうだ。

金堂や本尊はもうすぐ大規模な修理を行うらしく、しばらくは見ることができなくなる。
いやー、来ておいてよかった。


多宝塔



納経所のおばちゃんは気さくな方で、あれやこれやと話をしてくれたり、本を見せてくれたりする。

金剛寺は平安末期に「阿観」という高野山から下りてきた真言僧が整備、復興し、その際に現在の大日如来を本尊としたとのこと。
じゃあそれ以前の本尊はなんだったのかというと、現在薬師堂に祀られている薬師如来にその可能性が高いという。

「金剛寺が建ったころは、病気治すのによく薬師さん祀って。国分寺なんかみんな薬師さんやろ。
せやから薬師さんやったらご本尊としておかしくないっちゅうことやわ。」

このおばちゃんはけっこう仏像がお好きらしく、金剛寺の近くにある「観心寺」の超有名秘仏、如意輪観音を見たがっていた。
なんでも如意輪観音が御開帳となる4月18日は金剛寺にも多くの参拝者がやって来るので、
行きたくても行けないのだそうだ。

「ここやめたら行くわ。」

などと話をしていると、先程金堂内で祈っておられたお坊さんがやってきたのでおばちゃんと共に挨拶。

「どうぞごゆっくりお参りなさってください」

そうおっしゃったお坊さんの表情は優しさが滲み出て辺り一帯が優しさだらけになるような凄まじい穏やかさだった。


座主


おばちゃんの話によればこのお坊さんは金剛寺の座主にして京都、仁和寺の管長でもある大僧正なのだという。
仁和寺に天皇陛下がお越しになられた際にもお出迎えされたそうだ。

うわー高僧。

で、最後に宝物館に寄ってみる。
金剛寺は天皇の行在所にもなったとかで、境内はなかなか広い。


庭園



回廊を渡り庭園を眺めつつ宝物館に入ると、中には「走り大黒」や多宝塔の「五智如来」、
朽ちた「蔵王権現」などと一緒に例の「阿観」さんの像が。

阿観さんは、阿藤快似であった。ん、名前もなんとなく似てるじゃないか。
ちょっとしゃくれ気味で、「コノヤロー」と言っているような威勢の良さが感じられる。

と、阿観さんのクワッとした表情が脳裏に焼き付いたところでそろそろバスの時間。

金堂の三尊は、修理の際それぞれ別の場所に預けられるそうだ。不動さんは京都、降三世さんは奈良とか。
後に新生大日三尊として最結成するときにはどんな姿になるのか。
いつかまたお会いしたいと思った。


境内






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  1. 2009/08/20(木) 21:31:14|
  2. 大阪|
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